校長挨拶(学校だより「銀杏」第69号より)

すべてはただ神様のために   1月礼拝より

21イエスは言われた。「もし完全になりたいのなら、行って持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば天に宝を積むことになる。それから、わたしに従いなさい。」22青年はこの言葉を聞き、悲しみながら立ち去った。
たくさんの財産を持っていたからである。23イエスは弟子たち言われた。「はっきり言っておく。金持ちが天の国に入るのは難しい。24重ねて言うが、金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。」
〔マタイによる福音書 19章21~24節〕

今朝の聖書の個所は、「金持ちの青年」の話です。マルコによる福音書にも、ルカによる福音書にも登場人物が少し違いますが、記されている話です。一人の青年がイエス様のもとにやってきて、「永遠の命を得るためには、どんなよいことをしたらいいでしょうか」とたずねます。その問いに対するイエス様の答えが、21節以下です。
一般に「財産」とは、金や土地や家、さらに時代によっては家柄であったり、学歴などを指すかもしれません。これらの「財産」をすべて投げ打ち、イエス様に従わなければ「永遠の命」にはあずかれないと言っています。言い方を換えれば、「永遠の命」というのは、財産によって得られるようなものではない、とイエス様はのべているのだと思います。ここでは、私たちが生きていくうえで本当に大切にすべきものは一体何なのかを、私たちに問いかけているのだと思うのです。

聖書に登場するこの青年は、きっととてもまじめな青年だったのでしょう。きちんと掟は守っている。しかもイエス様の言葉に「悲しみながら、立ち去った」とあります。憤然としてではなく、「悲しみながら」。自分の質問とイエス様の答えとのあまりの隔たりがあり、青年にはイエス様のことばは大変重く感じられたに違いありません。私たちもこの青年と同様に、そう簡単に自分を支えているものを捨てることは出来ないのではないでしょうか。
話は変わりますが、今朝は、カトリックのある修道会の働きについて、みなさんにお話ししようと思います。
世界各地にはいくつか修道会や修道院がありますが、それぞれの活動方針のもとに、その国や地域の事情に合わせて、教育を行ったり、医療活動をしたり、あるいは恵まれない子どもや孤独な老人たちなど社会の中で助けを求めている人々にさまざまな形で援助の手を差し伸べる活動を行っています。また中には、ひたすら祈りと労働という生活に生涯をかけている修道会もあります。みなさんがよく知っているマザー テレサは「神の愛の宣教者会」(Missionaries of Charity) という、最も貧しい人のために働くことを方針とした修道会を設立して活動をしていました。
そんな数多い修道会の一つに、心打たれる修道会があるのです。その修道会は、「まず各地に行って、教会を建て、やがて学校や福祉施設などをつくり活動する。そしてそうした活動がある程度軌道にのると、自分たちがつくった学校も施設もすべてその土地の教会に譲ってしまう」。そういう活動方針の修道会です。
他の多くのカトリックの教会や修道会、またプロテスタントの教会であっても、教会として財産をもち、それを基にして、必要と思う活動を広げていく。勿論お金儲けではなく、一人でも多くの人々に神様を伝えていこうとします。
しかし、その修道会は、徹底しているのです。つまり「永続的な資金、財産を持ってはいけない」ことを方針とし、例えば、今年必要なお金は今年集めて今年中に使い切ってしまう。なぜなら「もし来年も続けた方が良いことならば、必要な資金は自ずと神様が備えてくださるはず。だから「今、必要なものだけ」あればよい」。そう考えるのだそうです。だからどんなに成果が上がっても、自分たちの財産とはしないというのです。
この修道会を私が知ったのは、カトリック作家である曽野綾子さんのある書物を通してのことでした。その中で、この修道会を紹介しながら曽野綾子さんはこう述べています。「私は、この修道会の説明を聞いたとき、深い悲しみにとらえられました。上手くいくようになったら捨てるのです。上手くいかないうちは続けてやりなさいといわれているのです。それは、自分たちの力を過信し、人間のもたらした一切の成果を誇ることがないためだというのです」。
そしてさらに、「未来のために備えてはいけない。これもまた新鮮な驚きでした。私たちは『備えあれば憂いなし』とどこかで思っている。たしかに備えはあったにこしたことはない。しかし、備えさえあれば憂いがないなどということは、人間の心に関する限り、あるわけはないのです」。鋭い指摘です。
この修道会のしていることは、今朝の聖書の個所をそのまま実践しているように思えます。この修道会のことをもう少し調べてみたところ、約100年前にアメリカのニューヨーク州で、外国への伝道活動を目的として設立されたそうです。日本との関係で言えば、日本人が多く移り住んでいた西海岸のロサンゼルスやシアトルで特に教育や社会援助活動などを行い、日本人学校も設立しています。また、本格的な日本での宣教活動のため来日したのは今から83年前の1933年で、主に滋賀県を中心に活動し、恵まれない子供たちのための育児院を運営したとのことです。やがて戦争でいったんアメリカに戻りますが、戦後再び来日して、今度は京都に女子の修道院をつくり、そこを中心にさまざまな福祉活動をしていきます。50年代になると東京に本部を移します。そしてその活動を調べましたら、確かにその中に、曽野綾子さんが書いているように、1963年、近畿地方に女子の中学校、高等学校をつくっています。現在その学校は、日本の別の修道会が引き継いでその運営をしています。
この修道会は、男子と女子、それぞれありますが、総称して「メリノール会」と呼ばれています。「苦しいときには自分たちが担う。上手くいくようになれば、そのすべてを他の人に手渡す。」自分たちの力を過信して思い上がることのないように、成果を誇ることがないように、謙虚な思いで神に従う。それを実践している会なのです。
今朝の聖書の話しを考える時、いかにこの世のことを捨てる生き方が大変なことかを知らされるのです。しかし、それがどんなにむずかしくとも、世の中には声高に誇ることなく、神様の前に静かにその実践に努める、そうした生き方をしている人たちがいることを、皆さんに伝えたかったのです。
この生き方は、女子聖学院の最初の院長であった、バーサ・クローソン先生にも言えることだと思います。女子聖学院ができて100年を記念し、新しい校舎が与えられました。そして、クローソン先生の名前のホールもできました。 クローソン先生がご自分からそれを望んだのではなく、それは後の人が学校の歴史を忘れないようにとの思いから先生のお名前を残したのだと思います。
クローソン先生の篤い信仰と女子聖学院の生徒たちへの思いは、先生が残された言葉の中に見ることができるように思います。その一つは、「私にとって、私の子供たち(子供たちとは生徒の皆さんのことです)が真理の道を歩むこと、これほど大きな喜びはありません」との言葉です。先生は決して女子聖学院をご自分のものとしたりはなさらず、生徒たちの心に、ただ「神様のことば」を残されたのです。
バーサ・クロ―ソン先生は、神様の呼びかけに応えて来日し、女子聖学院の土台をつくり、やがてそれを日本人の先生たちの手にゆだね、本国に帰られました。
私たちはこの世の生涯を、どのような生き方をするか、それぞれに任されています。名前を、あるいは業績を残したいと、一生懸命に励む生き方もあるでしょう。しかし、与えられた場所で一生懸命に生きる、でもその場から静かに身を引き、自らの痕跡を残さない、残す物は、ただ「神様に従った生き方のみ」、そのような生き方もあることを、今朝は皆さんにお伝えしたいと思いました。そして、そのような篤い信仰と信頼によって築かれた女子聖学院に皆さん一人ひとりが招かれているということを、合わせて覚えておいていただきたいと思います。

保護者の皆さま
新しい年となりました。学校では、1月から3月までは学年の締めくくりの時、そして新しい学年への備えの時でもあります。高校3年生は1月からは登校日を除いて、卒業後の進路に向けて自宅学習となっているのですが、毎朝礼拝を一緒に守っている数名の高Ⅲの姿があります。これから大学入試の本番を迎えるとのこと。そのような時だからこそ礼拝を大切にしてくれていることを、私は心から嬉しく思います。どこにあっても、それぞれに最もよい道が備えられていることを信じて、励んでほしいと願っています。
本年も保護者の皆さま、ならびにご家族皆さまの健康が守られ、神様の祝福が豊かにありますようにお祈りいたします。

校長 田部井 道子

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