古文を「わかる」から「読める」へ――中3・高1 特別古文講義を実施しました

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古文を「わかる」から「読める」へ――中3・高1 特別古文講義を実施しました

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関谷浩先生(駿台予備学校)による特別古文講義を実施しました

古文に対して、「何が書いてあるのか分からなくなる」「途中でつまずいてしまう」という感覚を持つ生徒は少なくありません。本校でも、古典文法や語彙の学習、作品鑑賞を大切にした授業を行っていますが、それでもなお、初めて出会う古文になると読めなくなってしまうという壁にぶつかる場面が見られます。

そこで今回は、いつもの授業とは少し視点を変え、古文を論理的に読み解く道筋を、分かりやすく示してくださる外部講師の力を借りることにしました。目的は、知識を増やすことそのものではなく、「初見の古文でも読めそうだ」という手応えを生徒自身が感じることです。

講義では、古典文法を「覚えるためのもの」ではなく、「読むための道具」としてどう使うかが丁寧に語られました。
中学3年生には、助動詞がなぜ複数の意味を持つのかという点から、文法が読解に直結していることを実感できる内容でした。また、高校1年生には、敬語を手がかりに省略された主語が浮かび上がってくる古文読解の面白さが示されました。

学年に応じたアプローチを通して、生徒たちは、これまで断片的に学んできた知識が一本につながり、文章の中に情景や物語が立ち上がってくる感覚を味わっていたようです。

当日は、全員が一堂に会する教室での実施となり、後方からは板書が見えにくい場面もありましたが、生徒たちはiPadで画面を拡大するなど工夫しながら、集中して講義に耳を傾けていました。
ユーモアを交えた語り口に、自然と笑いが起こる場面もあり、教室全体が前向きな空気に包まれていたのが印象的でした。

授業を終えて

講義後のプリントには、板書の写しだけでなく、「なるほど」と感じた点や自分なりの気づきが数多く書き込まれており、内容を自分の言葉で受け止めようとする姿勢がうかがえました。

関谷先生の授業を受けて、今までモヤモヤしていた部分がスッキリしました。もともと古文に苦手意識があったのですが、関谷先生が最初におっしゃっていた「分かろうとすること」という言葉にハッとさせられました。最初から苦手と思ったまま勉強しても頭に入っていかないし、身につきもしないなと反省しました。無理矢理自分で分かりやすい語呂を作って書くだけでなく、声に出して前向きに取り組んでみようと思います。

私は、今日の授業でどんな先生が来るのだろうと楽しみでした。先生が登場したとき、とても笑顔で、明るい方でした。授業は面白く、今まで受けたことのないような授業でした。「主体」と「客体」について初めて知りました。まだまだ古文について知らないことは沢山あるなと実感しました。物語を読むときに、関谷先生の読み方がとても頭に残りました。自分で音読するときに、読み方を工夫しようと思いました。

今回の授業で、古文の助動詞や敬語は、ただ覚えるのではなく、「誰が主体か」「誰に対して使われている表現か」を考えて判断するものだと知ることができました。特に、敬語には尊敬語・謙譲語・丁寧語があって、話し方や場面を意識することが大切だと分かりました。「ば・ど・に・を・が」で一度切って読んでみることを実際に授業の中でやってみて分かりやすかったので、これからもこの方法を続けていきたいです。図を使って説明してもらえたので、ひと目でよく理解できました。学んだことを生かして、これからは古文をなんとなく読むのではなく、助動詞や敬語に気をつけて、考えながら読んでいきたいです。

初めは古文の授業と聞いて、古文があまり好きではないので消極的な気持ちだったけれど、とてもユーモアがある先生で最後まで楽しい気持ちで授業を受けることができた。同じ日本語なのに全然理解の仕方が分からなかった古文だったが、先生はダジャレや簡単な表現を使っていて、とても理解がしやすかった。敬語もなんとなくしか分かっていなかったので不安だったけれど、「そんなことだったのか!!」と楽しい気持ちになれるほど授業があっという間で、45分がとても短かった。今回の良いところを参考に、日々勉強をしていきたい。

といった声が寄せられていました。

古文や古典文法は、決して難しさだけの学びではありません。
本校では、こうした特別講義も含めながら、生徒一人ひとりが「分からないまま嫌いになる」ことのないよう、さまざまな角度から学びに出会える授業づくりを大切にしています。

今回の講義が、古文への見方を少し変えるきっかけとなり、これからの学びにつながっていくことを願っています。